閑話小話 117 The 中央線快速 オレンジの201系

皆さま おはようございます

週末出勤なので今日はお休みいただきます。
特に予定もないのでダラダラと模型弄りでもしていようかと思います。

さて今回は、国鉄時代に開発された次世代通勤型電車201系であります。
あのブラックフェイスを初めて見た時の衝撃が忘れられません。

省エネ電車 201系

試作車 900番台

国鉄初のチョッパ制御を採用した次世代車両で、1979年に試作車の5両編成2本10両が2社で製造されました。900番台に区分され、試運転ののち中央快速線として「省エネ201」の看板を掲げ営業運転が開始されました。編成は当時の101/103系と同じ3+7両の10両編成に組み直されています。

回生ブレーキを搭載し、モハ201-90Xには離線対策としてパンタグラフが2基搭載されたのが外観上の特徴になっていますね。後の量産化改造と保安装置ATS-Pの導入で、編成の組み直しや電装解除が行われています。クモハ・クハは床下に余裕がなくATS-Pの搭載は見送られ、量産車編成の中間に封じ込められ先頭に立つことはなくなりました。

量産車

試作車の実績を元に改良を行った量産車で1981年から中央快速線に投入されました。回生率の向上とメンテフリー化、コストダウンが大きな変更点ではないでしょうか。車体長を統一したためクハ・クモハの運転席後ろの戸袋窓がなくなりました。

また、「軽装車」と呼ばれる増備車もおり、国鉄の財務状況がかなり厳しくなったために、さらにコストダウンを施した車両が1984年に投入されています。側面窓の変更、車両番号はステンレス切り抜きからシールに、内装・外装の仕様変更、部材の省略・素材変更など施されています。

中央線快速 運用

中央線快速として1979年に試作車の営業運転が開始され、1981年には量産車が登場し101/103系を置き換えていきます。103系は総武線と南武線に転用され1983年に撤退、101系は1985年に201系により置き換えられましたが、新しい型式が先に転出し古い型式が残る珍現象が起きました。

10両貫通のT編成と6+4両分割のH編成とで構成され運用が分かれていました。地上設備の関係で、青梅線・五日市線などは6両で、富士急行線には4両で入線しています。高尾以西への乗り入れに際し、狭小トンネルに対応するため小型のパンタグラフが装着されました。T編成は降雪対策でシングルアームパンタグラフに換装され、これで中央線の全編成が高尾以西に入線できたとされています。

東京から山梨にかけて長距離運用される中央線快速ですが、機器の老朽化やチョッパ制御の機器が調達困難なことから、後継のE233系に置き換わることになります。2008年にT編成が、2010年にH編成が廃車回送され運用終了となりました。

模型はKATOより

模型は鉄コレでも製品化されていますが、NゲージとしてはKATOが優勢ですね。
中央線快速としてだけでも数々のラインナップがありますが、晩期の「八トタ」表記のT編成・H編成が手元に置けるのは嬉しい限りです。

混雑の激しい中央線快速を通勤でお使いの方には「模型は要らない(汗)」とお思いの方も居られるでしょうが、総武線ユーザーだった私にとってオレンジ色の電車は優等列車で、ちょっと羨ましい感覚で見ておりました。なので模型は入手しております。

取説通りにパーツと純正室内灯を取り付けています。スカート周りへの色挿しと、ヘッドライト・種別表示の基板をLED化、分割編成は1段電連付きのカプラーに交換しています。一部の床下機器にシルバー塗装してやりたいのですが、どの機器だったか未だ調べていません・・・。これを施すとまた雰囲気が変わりそうですね!

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関西圏でも活躍の201系ですが、中央線快速にスポットを当てて書いてみました。
轟音とともに高速通過する光景が目に焼き付いています。常磐線もスゴかったですが中央線も大迫力でしたね・・・E233系では物足りなく感じます(笑)

当時の最高技術を盛り込み「省エネ電車」の触れ込みで登場した201系。特急列車ばかり見ていた子供でしたが、201系は特別な存在で子供ながらに凄さを感じていました。関東で見られなくなったのは残念ですが、関西ではもう少し頑張っていて欲しいですね。

今回はこの辺で・・・
次回もお楽しみに~

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コメント

  1. クモハ489-901 より:

    こんばんは。
    昭和53年頃に、家庭教師の先生に
    「鉄道ファン」を1冊買ってもらい、
    内容に201系の試運転が掲載されていました。
    普段あまり見れない電車ゆえに、先頭車同士の連結があった事は、だいぶ経ってから知りました。
    諏訪湖花火大会の輸送で、はるばる松本まで
    出張っていたのも、201系の思い出ですね。
    普通に花火大会が開催されていたら、
    どんな電車が諏訪湖花火大会の輸送に出張っていたのでしょうか…。(笑)

    • クモハ489-901さま

      こんにちは
      コメントありがとうございます

      当時201系は力入れてPRされてました。
      なんとなく覚えてますよ。
      いま諏訪湖にはオレンジ帯のE233系が出張ってたと思いますよ。
      松本に住んでたので何度か諏訪湖SAで花火見物したことがあります。

  2. ビスタ2世 より:

    やはり中央線と言えば201系ですよねぇ~。
    ものすごく長い間を走り続けていましたからね。このまま永遠に中央線はオレンジの列車が走るものと思っていましたが、時代の流れには勝てずシルバーの車両になってしまいましたねぇ~。まぁ帯がオレンジだからイメージもそのまま変わらないのでしょうけれど、そこはやはり阪急や京急のように路線のイメージとして、オレンジの塗装を維持していってほしかったですけどねぇ~。

    • ビスタ2世さま

      おはようございます
      コメントありがとうございます

      あ、分かります~
      京急・阪急のような路線カラーやイメージを貫く姿勢を見てみたかったですね。
      そうすると都心の通勤型は全車単色に?!(笑)
      シルバーの面積が大きいとどれも同じ車両に見えちゃいますね。

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